東京地方裁判所 平成2年(行ウ)15号 判決 1992年3月24日
原告 甲野太郎
被告 東京拘置所長 水上好久
右指定代理人 森幸夫
<ほか二名>
被告 国
右代表者法務大臣 田原隆
右被告両名指定代理人 武田みどり
<ほか一名>
主文
一 原告の被告東京拘置所長に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告国に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
1 被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)が昭和六二年四月二八日に原告に対してした「原告が親族以外の者に宛てて手紙を発信したいときにはすべてあらかじめ下書きを被告所長に提出すべきこと」を命ずる処分を取り消す。
2(一) 被告所長が原告と弁護士との外部交通に関して昭和六二年四月二八日、四月三〇日及び五月一二日にした各処分のうち、原告と各弁護士への間の接見交通の内容を右各弁護士が原告から受任した事件に関する事項に限定し、それ以外の内容の接見交通を行うことを許可しないものとする部分が、いずれも無効であることを確認する。(主位的請求)
(二) 被告所長が平成元年一二月二八日に原告に対してした新見隆弁護士外一四名の弁護士と原告との間の一般的接見交通を不許可とする処分を取り消す。(予備的請求)
3(一) 原告の平成二年五月一八日付け申請に係る国際連合人権委員会宛ての発信を被告所長が許可した処分(右発信について英語の訳文を付する許可を含む。)について、被告所長が同年八月三〇日付けでした右許可処分を取り消す旨の処分を取り消す。(主位的請求)
(二) 原告の平成二年五月一八日付け申請に係る国際連合人権委員会宛ての発信について、被告所長が同年八月三〇日にした「人権侵害に関する申立ては国内の公的機関に対してすることが可能であり、国際連合人権委員会宛てに発信の許可申請がなされてもこれを許可する必要を認めない」とする判定を取り消す。(予備的請求)
4 被告国は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 本案前の答弁
(一) 原告の訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案に対する答弁
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告の地位について
原告は、死刑判決の言渡しを受けて、東京拘置所に拘置されている死刑確定者である。
2 本件命令の経緯とその違法性について
(一) 原告は、爆発物取締罰則違反等被告事件について死刑の判決を受けて上告していたところ、昭和六二年三月二四日に上告棄却の判決があり、四月二一日に右死刑判決が確定した。
被告所長は、同年四月二七日、右の死刑判決の確定を理由に、今後の原告に対する処遇を変更し、外部交通の相手方を原則として親族及び再審請求又は現在係属中の民事訴訟の代理人たる弁護士に限定するので、その相手方については事前に願い出て許可を受けるようにということを原告に言い渡した。更に、翌四月二八日、被告所長は、原告が申請した弁護士との外部交通を許可するに際し、原告に対し、今後親族以外の者に宛てて手紙を発信したいときにはすべてあらかじめ下書きを被告所長に提出すべきことを命じた。(以下、この処分を「本件命令」という。)
(二) その後、原告は、被告所長から、弁護士等宛ての手紙について、下書きを提出したところその内容が許可の範囲を外れているとしてその発信を不許可とされ、その下書きも返却されず、また、下書きによる審査を経ていないとしてその発信を不許可とされる等の処遇を受けるに至っている。
(三) 死刑確定者の拘置は、その身柄の確保を唯一の目的とするものであるから、死刑確定者の自由に対する制限は、その身柄の確保のために必要かつ最小限のやむを得ない範囲のものに限られるべきである。監獄法上も、死刑確定者の処遇を刑事被告人のそれに準ずるものとし(監獄法九条)、死刑確定者の外部交通については、その相手方が一四才未満の幼年者である場合(監獄法施行規則一二〇条)に関する制限を除いては、なんらの制限規定も置かれていない。しかも、信書の発受については、監獄法上、受刑者及び被監置者についてこれを不許可とし得る旨が定められているだけであって(四六条及び四七条)、被告人及び死刑確定者については、そもそも信書の発受を制限できる旨の規定は置かれていないのである。
したがって、死刑確定者の外部交通の自由についても、その拘禁目的である死刑確定者の身柄の確保が阻害される具体的な危険が認められる場合に、その危険を防止するのに必要な範囲内でのみ、これを制限することが許されるものというべきである。
そうすると、原告の外部交通の相手方を原則として親族と弁護士のみに限定する等の被告所長の前記のような措置は、それ自体違法なものというべきである。また、親族以外の弁護士等に宛てた手紙等の発信について、発信前の手続としてその下書きの提出を強制することも、何ら合理的理由のない違法な措置というべきである。すなわち、信書の内容の検閲は、清書を審査することによってこれを行うことができるから、そのために下書きの提出を求める必要はないし、また、清書審査方式に比べて、下書審査方式による場合は、必然的に原告の側で信書の発信のためにより多くの手数や時間を要することとなることはいうまでもないところである。右の下書きの提出を強制する措置は、原告の再審請求その他の訴訟活動を制限し、原告の裁判請求権を妨げることを目的としてなされたものとしか考えられない。
被告所長は、原告に対してこのように違法な本件命令を強制することによって、原告の再審請求、民事訴訟、弁護士会への救済申立等の訴訟活動に違法、不当な圧迫を加えており、そのため、原告は、多大の精神的苦痛を受けている。
(四) よって、原告は、被告所長に対して本件命令の取消を求めるとともに、被告国に対して、国家賠償法一条により、右の精神的苦痛に対する損害賠償として、金二〇万円及びこれに対する民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
3 弁護士との接見交通の内容の制限とその違法性について
(一) 被告所長は、次のとおり、原告の申請による弁護士との外部交通を許可するに当たって、その接見交通の内容を制限する処分を行った。
(1) 昭和六二年四月二八日に原告のした弁護士新見隆等との外部交通の許可申請に対し、被告所長は、同日、再審請求準備及び現在係属中の民事訴訟の代理人としての用務の範囲に限って外部交通を許可する旨を告知した。(以下、この処分を「本件第一処分」という。)
(2) 昭和六二年四月三〇日に原告のした弁護士内田雅敏等との外部交通の許可申請に対し、被告所長は、同日、再審請求準備及び現在係属中の民事訴訟の代理人としての用務の範囲に限って外部交通を許可する旨を告知した。(以下、この処分を「本件第二処分」という。)
(3) 昭和六二年五月八日に原告のした弁護士遠藤憲一との外部交通の許可申請に対し、被告所長は、五月一二日、現在係属中の民事訴訟の代理人としての用務の範囲に限って外部交通を許可する旨を告知した。(以下、この処分を「本件第三処分」という。)
(4) 更に、平成元年一一月一六日、原告は、右本件第一処分から第三処分までで不許可とされた部分について再度の許可を申請する趣旨で、被告所長に対し、右新見隆等一五名の弁護士について、原告からの受任事件の代理人としての用務の範囲に限定することなく、それ以外の一般的内容の接見交通をも許可するよう、外部交通の許可を申請した。これに対し、被告所長は、同年一二月二八日、右申請を不許可とする旨を原告に告知した。(以下、この処分を「本件第四処分」という。)
(二) 前記のような死刑確定者の拘置の目的や関係法規の定め等からして、原告と弁護士との間での接見交通の内容を極度に制限する本件各処分が違法なものであることは明らかである。
(三) よって、原告は、被告所長に対して、主位的に本件第一処分から第三処分までの各処分のうちの接見交通の内容を限定した部分の無効確認を求めるとともに、予備的に本件第四処分の取消しを求める。
4 国際連合人権委員会宛ての発信の不許可とその違法性について
(一) 東京拘置所では、監獄法施行規則が在監者に対して毎日運動をさせるべきことを規定しているにもかかわらず、雨天の場合以外に、日曜、祝日、土曜閉庁日等をも戸外運動の不実施日としている。
(二) 原告は、右のような処遇を改善させるため、平成二年五月一八日、国際連合人権委員会宛ての「人権救済の申立て」と題する書面を作成し、発信の趣旨等を記した発信下書用紙にこれを添付して、被告所長宛にその発信の許可を申請するとともに、これに英訳文を付して発信することの許可をも申請したところ、五月三〇日、被告所長は右の申請をいずれも許可した。
(三) 原告は、平成二年八月二七日、右英訳文が完成したので、申立書に押印するため、被告所長に対して印章の舎下使用を申請した。これに対して、被告所長は、八月三〇日、原告に「人権侵害に対する申立ては、国内の公的機関に対してこれを行うことが可能であるから、国際連合人権委員会宛ての発信を特に許可する必要を認めない。したがって、前回の発信許可は取り消す。」と告知し、前記の各申請許可処分を取り消す旨の処分を行った。(以下、この処分を「本件第五処分」という。)
(四) 前記のような、死刑確定者の拘置の目的や関係法規の定めからして、原告の信書の発信を正当な理由もなく制限する本件第五処分が違法なものであることは明らかである。
(五) よって、原告は、被告所長に対して、主位的に本件第五処分の取消しを求めるとともに、予備的に、被告所長が平成二年八月三〇日に原告に対してした右の「人権侵害に対する申立ては国内の公的機関に対してこれを行うことが可能であるから、国際連合人権委員会宛ての発信を特に許可する必要を認めない」とする判定(以下、この判定を「本件判定」という。)の取消しを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 被告所長に対する各訴えの適否について
(一) 原告の請求の趣旨1の訴えについて
東京拘置所では、死刑確定者が信書の発信を願い出る場合、その相手方が親族以外の通常外部交通を許可していない者(それが弁護士である場合には、受任事件に関する連絡に限って外部交通を許可している。)であるときは、その発信の必要性を疎明させる資料として、発信を予定している信書の下書きを提出させる取扱いをしている。このような取扱いは、原告に対してのみ行っているものではなく、所内における事務処理を円滑に進めるため、収容されている死刑確定者全員に対して一般的に行っているものである。
原告が本件命令として主張する昭和六二年四月二八日の措置は、東京拘置所の担当職員が原告に対して、被告所長に信書の発信を出願する際の右のような出願の様式についての一般的な取扱いを説明したものに過ぎず、これが原告の権利義務に直接影響を及ぼすというものではない。
したがって、右の措置は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たるものではないから、その取消しを求める原告の請求の趣旨1の訴えは、不適法な訴えとして却下されるべきである。
(二) 原告の請求の趣旨2の各訴えについて
東京拘置所では、死刑確定者の外部交通の相手方を、親族、再審請求を行っている場合又は民事訴訟を提起している場合のその事件の弁護士等に限る取扱いをしており、右の弁護士の場合は、外部交通の内容をその受任事件に関する事項に限定する取扱いをしている。原告についても、昭和六二年四月二七日に死刑確定者としての処遇を開始してからは、右と同様の扱いを行っている。
原告がその請求原因の3の(一)の(1)から(4)までで主張する各弁護士との外部交通の許可申請なるものは、被告所長においてあらかじめ在監者たる原告の外部交通の相手方を承知しておくために行わせている事実上の措置にすぎず、また、これに基づき外部交通の内容を受任事件に関する事項に限定するという措置も、被告所長が在監者たる原告の外部交通を許可する場合の取扱基準を被告所長の方針として原告に対して告知したという事実行為にすぎない。
本件において、原告の権利又は法律的利益に直接具体的な影響を及ぼす行政処分といえるのは、個々の外部交通(面会または発信)に対する個別的な許否の決定のみであり、右のような事実上の措置にすぎない原告主張の各不許可処分なるものは、いずれも行政処分には該当しないものである。
したがって、右のような被告所長の事実上の措置の無効確認や取消しを求める原告の請求の趣旨2の各訴えは、いずれも不適法な訴えとして却下されるべきである。
(三) 原告の請求の趣旨3の各訴えについて
東京拘置所では、死刑確定者が信書の発信を願い出る場合、その相手方が親族以外の通常外部交通を許可していない者であるときは、発信を予定している信書の下書きを提出させる取扱いをしており、原告についても、死刑確定者としての処遇を開始してからは、同様の取扱いをしていることは前記のとおりである。
ところで、原告の主張する国際連合人権委員会宛ての救済申立書の発信については、被告所長は、その下書用紙に記載された内容についてそれが発信を許可されることとなるものであるか否かについての事実上の判断を行ったにすぎず、原告からの正規の発信の出願に対する不許可処分という処分を行った訳ではない。すなわち、平成二年五月一八日に、原告から「人権救済の申立」と題した書面を添付した発信下書用紙及び「英文発信許可願」と題する願箋の提出があったが、翌一九日、原告から更に「補充」と題する願箋用紙の提出があり、右「英文発信許可願」と題する出願の趣旨は、発信時における信書の英文使用を求めるものであって、当該願箋をもって発信の許可を求めるものではないとの出願趣旨の訂正があった。その後、原告から、右「人権救済の申立」と題する書面については提出期限があることから右「英文発信許可願」に対する回答を至急求める旨の申し出があったため、同月三〇日、被告所長は、とりあえず右「人権救済の申立」と題した書面の下書きの英文翻訳についてはこれを認めることとし、この旨を原告に告知したのである。ところが、その後の被告側での検討の結果、右下書きの清書については外部交通を認めることができないものとの判断に至り、そこで原告に対し、将来右清書を終了して正規の発信の出願があったとしてもその発信を認めることはできないとの方針を告知したのである。
右のとおり、本件において原告が取消しの対象として主張する被告所長の措置は、いずれも個々具体的な信書の発信に対する正規の許否の決定という性質を持つものではなく、行政処分には該当しないものであるから、その取消しを求める原告の請求の趣旨3の各訴えは、いずれも不適法な訴えとして却下されるべきである。
2 被告国に対する訴えの適否について
行政事件訴訟法は、行政処分の取消訴訟に当該行政処分に関連する損害賠償請求訴訟を併合することができるものとしている(同法一三条一項、一六条一項)が、右の併合が認められるためには、行政処分の取消訴訟が適法なものであることが当然の前提として要求されるものというべきである。すなわち、取消訴訟自体が不適法なものである場合には、これに併合提起された損害賠償請求訴訟も不適法なものとなるものというべきである。
被告国に対する原告の請求の趣旨4の損害賠償請求の訴えは、前記請求の趣旨1の行政処分の取消訴訟に併合提起されたものであるが、右の行政処分の取消訴訟自体が不適法なものであることは前記のとおりである。そうすると、被告国に対する右損害賠償請求の訴えも、不適法な訴えとして却下されるべきである。
三 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の被告の地位に関する事実は認める。
2 同2の(一)及び(二)の事実の経緯自体は認める。ただし、この間における被告所長の各措置がいずれも行政処分に当たるものでないことは、前記のとおりである。
同(三)の主張は争う。仮に原告が被告所長の取扱いによって精神的苦痛を感じたとしても、それは死刑確定者の拘置の執行に伴い当然に受忍すべきものであり、金銭をもって慰謝するに値しないものである。
3 同3の(一)の(1)から(4)までの事実の経緯自体は認める。ただし、この間における被告所長の各措置がいずれも行政処分に当たるものでないことは、前記のとおりである。
同(二)の主張は争う。
4 同4の(一)の事実は認める。
同(二)及び(三)の事実の経緯自体は認める。ただし、これによって原告から正規の信書の発信の出願があったものではなく、また被告所長が正規の信書発信の不許可処分をしたものでもないことは、前記のとおりである。
同(四)の主張は争う。
四 被告らの主張
1 死刑確定者の外部交通の許否の基準について
在監者の信書の発受について、監獄法四六条一項は「在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス」と規定しているが、右規定は、各種の在監者につきそれぞれの法的地位に応じて外部交通の制限が行われることを基本的趣旨とし、その外部交通の許否を監獄の長の裁量にかからせているものと解すべきである。
死刑確定者の拘置は、その身柄を確保してこれを社会から絶対的に隔離するとともに、死刑確定者に対して、自ら犯した罪を深く自覚し、静かに死を迎え入れる心境に至らせるという指導的援助作用をもその目的とするものである。したがって、死刑確定者について監獄の長がその外部交通の許否を決するに当たっては、監獄における拘禁の確保及び社会不安の防止等の見地のみならず、死刑確定者の心情の安定に資するか否かという点も、当然に考慮されなければならないこととなるのである。
2 本件における被告所長の各措置の正当性について
(一) 東京拘置所においても、右のような見地から、死刑確定者の信書の発受については、本人の親族について、あるいは本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士についてその受任事件の用務に限定して、それぞれ信書の発受を許可することとしている他、また、本人の権利救済について法律上の権限を有する官公署への不服申立てを行う場合等例外的に必要と判断される場合に、個別に信書の発受を許可するという運用を行っており、このような運用は、合理的なものと考えられる。
(二) 右の弁護士に対する発信の場合、あるいは例外的に必要と判断される場合に個別に信書の発受を許可するときには、その発信の内容が受任事件の用務の範囲内のものであるか否か、あるいは例外的に発信が必要とされる場合であるか否かを被告所長において審査する必要があるため、本人に発信内容の下書きを東京拘置所所定の下書用紙に作成させて提出させることとしている。このような取扱いは、発信の許否を検討する過程で信書の現物が紛失したり汚損したりすることがないように配慮するとともに、また、そのままでは発信が許可されずに内容を書き直すよう指導される場合が多いこと等を理由に行われているものであり、これによって増加する本人の負担等も実質的にみるとさほど大きなものではないから、合理的なものというべきである。
(三) 平成二年五月一八日に、被告所長が原告に対して、国際連合人権委員会宛ての「人権救済の申立」と題する書面の下書きの英文翻訳を認めることとした経緯は、前記のとおりである。すなわち、右「人権救済の申立」と題する書面の発信の可否の判断については、更に検討を要する状況にあったが、一応、原告の出願の趣旨が法的救済手段が確保された制度に関する申立てのように理解されるものであったことから、仮に発信を許可することとした場合には浄書期間の割愛により速やかな発信を可能とするといった原告の利益に対する配慮もあって、とりあえず下書きに係る英文翻訳を認めることとしたのである。
その後、右国際連合人権委員会宛ての救済申立てについて、審査機関、救済の法的性質、法的拘束力等を調査、検討した結果、原告が右の申立てによって意図している人権侵害に対する救済は、国内の公的機関に対してこれを申し立てることが可能であり、また、国際連合の機関の勧告には法的拘束力がないといったことが判明した。そこで、仮に右国際連合人権委員会宛ての申立書が発信されても、原告の意図しているような権利保護等が図られるものとは認められないことから、被告所長としては、右下書きの清書については、原告の死刑確定者としての法的地位に照らして外部交通を認めることができないものと判断するに至り、原告に対して、将来右清書を終了して発信を出願しても、その発信を認めることはできない旨を告知したのである。
以上のような経緯からして、この点に関する被告所長の措置は、いずれも合理的なものというべきである。
五 被告らの主張に対する原告の反論
1 死刑確定者の外部交通の制限について
死刑確定者の拘置は、前記のとおりその身柄の確保を唯一の目的とするものであり、したがって、死刑確定者の「心情の安定」や「反省悔悟」を目的として、その外部交通の自由を制限することは許されないものというべきである。現に、監獄法二九条は、死刑確定者について教誨を強制することを禁じているところである。
2 被告所長の各措置の不当性について
(一) 被告所長の行う発信内容の審査においては、下書審査の段階では発信を許可された部分についても、清書による再度の審査の段階で更にその発信を不許可とされる例がある。すなわち、清書に対して行われる発信の許否の審査では、単に既に審査済みの下書きと清書との間の異同の確認だけでなく、再度その内容についても検討が行われているのである。このような取扱いからすると、発信の許否の審査のためにわざわざ下書きを作成させる必要も意味もないことは明らかなものというべきである。
(二) 国際連合人権委員会は、国連憲章六八条、国際人権規約B規約第四部に基づき設けられた公的機関であり、人権及び基本的自由の侵害について、経済社会理事会が関係国政府等に勧告を発するための審査を行う権限を与えられている。したがって、右委員会宛の本件発信は、原告の身柄確保等を阻害するおそれがない一方で、原告の被っている人権侵害について、国内の司法又は行政上の救済手段では期待し得ない迅速な救済を得られる可能性を有するものであり、これを不許可とする被告所長の処分が違法なものであることは明らかである。
第三証拠《省略》
理由
一 原告の地位について
原告が、爆発物取締罰則違反等の罪で死刑判決の言渡しを受け、死刑確定者として東京拘置所に収容されている者であることについては、当事者間に争いがない。
二 本件命令及び本件各処分に関する経緯について
本件に関する事実関係のうち、次のような事実の経緯自体については、いずれも当事者間に争いがない。
1 本件命令に関する事実の経緯
原告については、昭和六二年四月二一日に死刑判決が確定したため、被告所長は、同年四月二七日、今後の原告の外部交通の相手方を原則として親族及び再審請求又は係属中の民事訴訟の代理人たる弁護士に限定するので、その相手方については事前に願い出て許可を受けるよう、原告に言い渡した。
更に、翌四月二八日、被告所長は、原告が申請した弁護士との外部交通を許可するに際し、原告に対し、今後親族以外の者に宛てて手紙を発信するときはすべてあらかじめ下書きを被告所長宛てに提出すべきことを言い渡した。
2 本件第一処分ないし第四処分に関する事実の経緯
昭和六二年四月二八日、同年四月三〇日及び同年五月八日にそれぞれ原告のした各弁護士との外部交通の許可申請に対し、被告所長は、右四月二八日、四月三〇日及び五月一二日に、それぞれ再審請求準備あるいは係属中の民事訴訟の代理人としての用務の範囲に限って右の各弁護士との外部交通を許可する旨を原告に対して告知した。
更に、平成元年一一月一六日に原告のした一五名の弁護士について原告からの受任事件の代理人としての用務の範囲に限定することなく一般的内容の接見交通をも許可するようにとの申出に対して、被告所長は、同年一二月二八日、右申出を容れない旨を原告に対して告知した。
3 本件第五処分に関する事実の経緯
東京拘置所内での在監者の戸外運動に関する処遇の改善を求めるため、原告が、平成二年五月一八日に、国際連合人権委員会宛ての「人権救済の申立て」と題する書面を作成し、所定の発信下書用紙にこれを添付して被告所長宛てに提出するとともに、これに英訳文を付して発信することの許可をも申し出たところ、被告所長は、同年五月三〇日、少なくとも右下書きに係る英文翻訳についてはこれを許可する旨を、原告に告知した。
その後、同年八月三〇日、被告所長は、「人権侵害に対する申立ては、国内の公的機関に対してこれを行うことが可能であるから、国際連合人権委員会宛の発信を特に許可する必要を認めない。」との趣旨を、原告に対して告知した。
三 本件命令及び本件各処分の無効確認あるいは取消しを求める原告の訴えの適否について
1 本件命令の取消しを求める訴えについて
(一) 《証拠省略》によれば、被告所長が原告に対して親書の発信につきあらかじめ下書きを提出すべきことを告知した趣旨等は、次のようなものであったことが認められる。
すなわち、東京拘置所においては、死刑確定者の外部の者との間での信書の発受(外部交通)については、一般的にこれを制限することとし、本人の親族等の本人の心情の安定に資すると認められる者や本人について現に係属中の訴訟の代理人たる弁護士(この場合は、受任事件の用務の範囲に限定して外部交通を許可することとなる。)の場合あるいはその他例外的に必要と判断される場合に限って信書の発受信を許可することとしている。
そして、死刑確定者が信書の発信を願い出る場合には、右の本人の心情の安定に資すると認められる親族に対する発信等の場合を除いて、発信の必要性を疎明する資料として発信を予定している信書の下書きを提出させることとし、この下書きによって具体的な信書の発信出願を許可すべきか否かの検討を行うという事務処理を行っている。
被告所長が昭和六三年四月二八日に原告に対して行った右の告知は、このような東京拘置所における信書の発信の出願等に関する手続きを一般論として原告に教示しておくために行われたものであり、このような告知は、原告に対してのみ行われたものでなく、同拘置所に収容されている死刑確定者全員に対する一般的な扱いとして行われているものである。
(二) 右のような事実関係からすれば、原告が本件命令としてその取消しを求めている措置は、被告所長の主張するように、東京拘置所の担当職員が、原告に対して、被告所長に信書の発信を願い出る際の様式等に関する一般的な取扱いの説明を行ったという性質を有するに過ぎないものであり、それ自体が原告の法律上の権利義務に直接の影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
この点について、原告は、本件命令が監獄法四六条の規定に基づく原告の信書発信の申請権の行使について手続的な制限を設け、そこに定められた手続要件を充たさない発信の申請を自動的に拒否されるという事態を原告に受忍させるという効果をもつものであるから、これが一個の行政処分に当たるものであると主張する。しかしながら、監獄法四六条の規定が、信書の発受の許可あるいは不許可が個々の具体的な信書の発受の申出に対する個別の処分の形で行われることを予定していることは、その規定の趣旨からして明らかなものというべきである。したがって、本件のような告知が行われたからといって、そのことによって直ちに原告が発信しようとする個々の具体的な信書について、その発信を不許可とする法律上の効果が生ずるものとは解されないから、原告の右の主張は採用できない。
(三) 結局、本件命令は取消訴訟の対象となる行政処分に該当するものとは考えられないから、その取消しを求める原告の請求の趣旨1の訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。
2 本件第一処分ないし第四処分の無効確認あるいは取消しを求める訴えについて
(一) 《証拠省略》によれば、被告所長が原告に対して弁護士との外部交通の許可をするに当たって受任事件の代理人としての用務の範囲に限定して外部交通を許可する旨を告知した趣旨等は、次のようなものであったことが認められる。
すなわち、東京拘置所においては、前記のとおり、死刑確定者と外部の者との間での外部交通を一般的に制限する取扱いをしており、本人について現に係属中の訴訟の代理人たる弁護士との間では、その受任事件に関する用務の範囲に限って接見交通等の外部交通を許可するという取扱いをしている。これに伴って、死刑確定者の外部交通の相手方を事前に承知しておくために、本人が今後親書の発受あるいは接見等の外部交通を希望することのある相手方を「外部交通許可申請書」と題する書面に記載して出願させ、その者との外部交通を認めることが相当であるか否かをあらかじめ調査等した上で、その出願に係る相手方が右の本人について現に係属中の訴訟の代理人たる弁護士である場合には、その受任事件に関する用務の範囲に限って外部交通を許可する旨をあらかじめ本人に告知しておくという取扱いをしている。
被告所長が昭和六二年四月二八日、同年四月三〇日及び同年五月八日に原告の前記各弁護士との外部交通の許可申請に対して行った再審請求準備及び現に係属中の民事事件の代理人としての用務の範囲に限って外部交通を許可する旨の告知、あるいは、被告所長が平成元年一一月一六日に原告の各弁護士との外部交通を原告からの受任事件の範囲に限定することなく一般的内容の接見交通をも許可するようにとの申請に対して行ったこれを不許可とする旨の告知は、このような死刑確定者と弁護士との間での外部交通の許否に関する東京拘置所側での方針を、あらかじめ原告に一般的に教示しておくという趣旨で行われたものであり、このような取扱いは、原告に対してのみ行われているものではなく、同拘置所に収容されている死刑確定者全員に対して一律に行われているものである。
(二) 右のような事実関係からすれば、原告が本件第一処分ないし第四処分としてその無効確認あるいは取消しを求めている各措置は、被告所長の主張するように、原告と各弁護士との間での外部交通を被告所長が許可する場合の取扱基準を、被告所長の方針としてあらかじめ原告に対して告知したという性質を有するに過ぎないものであり、それ自体が原告の法律上の権利義務に直接の影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
この点について、原告は、被告所長のした右の各措置は、死刑確定者の外部交通が法令上一般的に禁止されているとの法解釈に基づいて、その禁止の趣旨を具体化するためにとられたものであり、右の各措置の無効が確認されあるいはこれが取り消されるまでは、原告が各弁護士との間で受任事件の範囲を超えた一般的な内容の接見交通を行うことを確定的に禁止する効果を現実に生じさせるものであるから、これは抗告訴訟の対象となる行政処分に優に該当するものであると主張する。しかしながら、監獄法四五条及び四六条の規定が、接見あるいは信書の発受の許可あるいは不許可が個々の具体的な接見や信書の発受の申出に対する個別の処分の形で行われることを予定しているものと解されることは、前記のとおりである。現に、前記澤村証人の証言及び乙二四号証によれば、前記「外部交通許可申請書」による申請に対して係属中の民事訴訟の用務の範囲に限定して外部交通を許可する旨が原告に対して告知された弁護士との外部交通についても、個別の信書の発受については、その都度別途その許可の申出を行うことが求められ、これに対して個別に審査を行ってその許否が決定されることになっていることが認められるのである。そうすると、被告所長の右の各措置によって、直ちに原告が各弁護士との間で行おうとする個々の接見や信書の発受という外部交通について、これを不許可とする法律上の効果が生ずるものとは解されないから、原告の右の主張は採用できない。
(三) 結局、本件第一処分ないし第四処分は抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するものとは考えられないから、その無効確認あるいは取消しを求める原告の請求の趣旨2の各訴えは、いずれも不適法として却下を免れない。
3 本件第五処分等の取消しを求める訴えについて
(一) 《証拠省略》によれば、原告の国際連合人権委員会宛ての「人権救済の申立」と題する書面の発信の許可等に関する事実の経緯は、次のようなものであったことが認められる。
すなわち、まず平成二年五月一八日に、原告から、国際連合人権委員会宛の「人権救済の申立」と題する書面の下書きを添付した発信下書用紙及び「英文発信許可願」と題する願箋の提出があり、翌一九日に、原告から更に右の件に関して「補充」と題する願箋用紙の提出があり、そこには、右「英文発信許可願」と題する出願の趣旨は、正確には国連宛ての発信について英文の使用許可を求めるものであり、発信文自体についてあらかじめ発信の許可を求めているものではないとの記載がなされていた。
ところが、同年五月二三日に、原告から、右「人権救済の申立」については提出期限があることから、右「英文発信許可願」に対する回答を急いで欲しいとの申し出があったため、被告所長は、同月三〇日、とりあえず右「人権救済の申立」と題する書面の下書きの英文翻訳を認めることとして、その旨を原告に告知した。
その後、被告所長において右国際連合人権委員会への人権救済の申立ての法的性質等を検討したところ、原告が右の書面によって行おうとしているのと同様の申立ては、これを国内の公的機関に対して行うことが可能であり、また、国際連合の機関がこの種の申立てに対して行う勧告には法的強制力がないことが判明したため、原告が右の下書きによる文書について正規の発信の出願をした場合においても、これを許可する必要が認められないものと判断するに至った。そこで、被告所長は、同年八月二七日に、原告から出された右申立書に押印するための自己の印章の舎下げの出願に対してこれを不許可とする旨を原告に告知する際に、あわせて右のような判断をも告知した。
(二) 右のような事実関係からすれば、右国際連合人権委員会宛ての「人権救済の申立」と題する書面については、右平成二年五月一八日の時点では、未だ原告から正規の発信の出願はなされておらず、いずれその発信の出願を行うとの予定のもとにまずこれを英文に翻訳することの許可の願い出があったに過ぎず、したがって、同年八月二七日に原告に対してなされた右申立書の発信を許可する必要が認められないとの告知も、原告から未だ右文書の発信についての正規の出願がなされていない段階で、将来の被告側での方針を事実上告知したという以上の意味を持つものではなかったものと解さざるを得ない。したがって、これらの措置は、それ自体が原告の法律上の権利義務に直接の影響を及ぼすものではないものと解するのが相当である。
この点について、原告は、右人権救済の申立書の下書きは五月三〇日に原告に返戻されているが、その上部には拘置所当局者の手によって「許可」の印が押捺されており、このことからして、原告からの右申立書の発信を被告所長がいったん許可しておきながら、後にその許可を取り消したものであることは明らかであると主張している。そして、確かに、《証拠省略》によれば、右申立書の下書きについては、当局の手で「許可」の印が押捺されたうえで、これが原告に返戻されていることがうかがえる。しかしながら、《証拠省略》によれば、原告の方では、右五月一八日の申立ての時点では未だ右申立書について正規の発信の出願を行うものでないことを当局に申し出ていたことは明らかなものといわなければならない。そうすると、右申立書の下書きに当局の手で「許可」の印が押捺された事実があった(右のように、正確にいうと原告から未だ右申立書について正規の発信の出願がなされていないのに、その下書きに「許可」の印が押捺されたのは、右木下証人の証言によれば、拘置所の担当者が前記のような原告からの出願の趣旨等を必ずしも正確に理解しておらず、また、被告所長の方で単に下書きの英文翻訳を認めることとしたにすぎないのを、担当者の方ではその文書の発信をも許可するとの方針が決定されたものと誤解していたこと等によるものであることが認められる。)からといって、これによって原告の右申立書の発信を不許可とする正規の処分があったものと解することは困難なものといわなければならない。
(三) 結局、本件第五処なるものは未だ正規の処分としては存在しないものであり、あるいは、本件第五処分更には本件判定はいずれも取消訴訟の対象となる行政処分には該当しないものと考えられるから、その取消しを求める原告の請求の趣旨3の各訴えは、いずれも不適法として却下を免れない。
四 被告国に対する訴えの適否について
被告国は、被告所長に対する前記原告の請求の趣旨1の抗告訴訟が不適法な訴えとして却下されるべきものである以上、これに併合提起された被告国に対する原告の請求の趣旨4の国家賠償請求の訴えも、不適法として却下されるべきであると主張する。
しかし、抗告訴訟と国家賠償請求訴訟とが併合提起された場合においても、その国家賠償請求訴訟について管轄等の問題をも含めた訴えの適法要件が備わっている場合には、当事者が特に当該抗告訴訟が不適法なものと判断された場合にはもはや国家賠償請求訴訟に対する審判を求めないものとしているといった特殊な事情のある場合を除いては、抗告訴訟が不適法であるからといって、これによって国家賠償請求訴訟もまた不適法となるものと解すべき根拠はない。しかも、本件国家賠償請求の訴えについて、右のような特殊な事情があるものとも認められない。
そうすると、被告国に対する本件国家賠償請求の訴えについては、これを独立の訴えとして扱って、これに対する審理、判断を行うべきこととなる。
五 被告国に対する請求の当否について
1 原告の被告国に対する請求は、前記のとおり、死刑確定者である原告の外部交通の相手方を原則として親族と弁護士のみに限定する等の被告所長の措置、あるいは親族以外の弁護士等に宛てた原告の手紙等の発信について発信前の手続としてその下書きを提出すべきものとする被告所長の措置が、いずれも違法なものであるとして、国家賠償を求めるものである。したがって、右請求の当否を判断するためには、右のような被告所長の措置が、被告所長の監獄の長としての職務上の義務に違背してなされた違法なものといえるか否かを検討することが必要となる。
2 ところで、死刑確定者の監獄の拘置監への拘置(刑法一一条二項、監獄法一条一項四号)は、死刑確定者について、これを厳重に社会から隔離し、その刑の執行に至るまでの間の逃亡、自殺等を防止しつつ、生命刑としての死刑の適切な執行を確保することを、その本来の目的とするものと考えられる。したがって、死刑確定者の監獄内での処遇についても、社会一般に対する不安の除去、あるいは施設管理の必要上からも要請される本人の心情の安定の確保といった点に対する特段の配慮が必要となることは、ことがらの性質上当然のことといわなければならない。
これに対し、原告は、監獄法九条が刑事被告人に適用すべき規定を死刑確定者に準用すべきこととしていること等を理由に、死刑確定者の自由に対する制限は、その拘禁目的である身柄の確保が阻害される具体的な危険が認められる場合にその危険の防止に必要な範囲においてのみ許容されるものであると主張する。しかし、死刑確定者の拘置が、前記のような目的でその身柄を確保してこれを社会から絶対的に隔離するという特質を持つものであり、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的とする未決勾留関係に伴う制約の範囲外においては原則として一般市民としての自由を保障される地位にある刑事被告人の勾留とは本来その目的、性格等を異にするものであることからすれば、原告の右主張は失当なものといわなければならない。監獄法九条の右の規定は、死刑確定者の処遇について刑事被告人と全く同一の扱いを要求するものではなく、死刑確定者の拘置と刑事被告人の勾留との目的及び性格の差異に応じた必要な修正を施したうえで、刑事被告人に関する規定を準用して、死刑確定者に対する処遇が行われるべきことを定めたに過ぎないものと解すべきである。
そうすると、在監中の接見及び信書の発受に関する外部交通の自由についても、死刑確定者の場合については監獄法上明文の規定は設けられていない(監獄法四五条から四七条まで、五〇条参照)ものの、前記のような観点からする合理的な範囲内の制限は、当然に許容されているものというべきことになる。そして、この場合、監獄の長が死刑確定者の接見及び信書の発受を制限するか否かを決するに当たっては、当該自由を制限する必要性の程度と、その制限の程度、態様、その制限によって死刑確定者の受ける不利益等を比較考量する必要があり、また、右の点の判断に当たっては、監獄内の実情に通暁し、死刑確定者の動静等を常時的確に把握し得る立場にある監獄の長の裁量的判断にまつべき点が少なくないものと考えられる。
3 右のような考え方を前提として、本件における被告所長の前記のような措置に、監獄の長としての職務上の義務に違背するような違法な点があったといえるか否かを考える。
(一) 《証拠省略》によれば、東京拘置所において、原告を含む死刑確定者の外部交通の相手方を原則として親族と弁護士のみに限定するとともに、親族以外の弁護士等に宛てた信書の発信についてあらかじめその下書きを提出させる扱いとしている趣旨等は、次のようなものであることが認められる。
すなわち、死刑確定者の接見及び信書の発受については、昭和三八年三月一五日付けで法務省矯正局長の依命通達が発せられており、右通達によれば、①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合、②本人の心情の安定を害するおそれのある場合、③その他施設の管理運営上支障を生ずる場合においては、おおむね右の外部交通の許可を与えないことが相当なものとされている。右の定めを受けて、東京拘置所においては、死刑確定者の信書の発受について、右の本人の心情の安定に資する親族との間でのものや現在係属中の訴訟の代理人たる弁護士との間でのもので受任事件の用務の範囲内のものについて、一般的にこれを許可するものとし、それ以外の場合には、訴訟の提起、告訴等の権利救済について法律上の権限を有する官公署宛ての発信、再審請求準備のための弁護士宛の発信等の例外的に必要と判断されるものを個別に許可する扱いとしている。
また、右のような取扱いに基づいて死刑確定者が信書の発信を願い出る場合には、前記の本人の心情の安定に資する親族宛の発信の場合を除いて、発信を予定している信書の下書きをあらかじめ提出させる扱いとしている。これは、発信内容を前記のように限定してその発信を許可するものとしている場合の具体的な発信の内容が右の範囲内のものに該当するか否かの判断、あるいは原則として外部交通を許可しないこととしている者に対して特に用件があるとして発信の希望があった場合のその発信の必要性の有無の判断の資料とするためであり、右の発信の許否の検討には多数の職員が関与し、長期間を要することがあるため、信書の清書文によって審査を行うこととするとこれを紛失したり汚損したりするおそれがあり、また、その信書の発信がそのまま許可されるのではなく一部を書き直す等したうえでその発信が許可されることになるという場合も少なくないことから、下書文の提出を求めてこの下書きによって右の点の審査を行うという扱いがとられているのである。
(二) 右のような事実関係からすれば、死刑確定者の外部交通の相手方の範囲の限定や信書の発信の出願の手続に関して東京拘置所でとられている右のような措置には、いずれも前記のような死刑確定者の拘置所への拘置の性質等からして、それなりに合理的な理由が備わっているものと考えられ、更に前記のとおり、これらの措置について監獄の長の裁量的判断が尊重されるべきものと考えられることをも考慮すると、右の各措置を違法なものとすることは困難なものというべきである。
この点について、原告は、右のような下書文による審査の方式は、徒に在監者の信書の発信を遅延させる結果をもたらし、また在監者に無用の労力や費用の負担、不便等の不利益を強いるだけであって、本来その必要が認められない違法なものであると主張している。確かに、清書文によってその発信の許否を審査するという方式をとった場合に比較して、右の下書文による審査の方式をとった場合には、それだけ在監者の側で信書を現実に発信するまでに要する手数、労力等が大きくなり、また相対的にその発信手続が遅延する結果となることは、容易にこれを推認できるところである。しかしながら、拘置所の側で在監者からの信書の発信の許否を審査するに当たって、下書文による審査の方式をとることが望ましく、あるいはこれを必要とするような客観的な事由がいくつか存在していると認められることは前記のとおりであり、これらの事情からすれば、他方でこれによって在監者の側に原告の主張するような手数、負担が加わる結果になるという一面があることを考慮にいれても、なお東京拘置所において右のような下書文による審査という方式を採用することが違法なものとして許されないとまですることは、到底困難なものといわなければならない。したがって、原告の右の主張は採用できない。
4 結局、被告国に対する原告の請求の趣旨4の国家賠償の請求は、その請求の原因となった本件における被告所長の前記のような措置が違法なものとまでは認められないから、失当として棄却を免れない。
六 証拠保全の申立て及び執行停止の申立てについて
原告は、いずれも本件平成二年(行ウ)第一七一号事件に関して、同年(行ク)第四五号事件として①原告の所持する平成二年五月一八日付けの国連人権委員会宛ての発信の下書きの原本及び②被告所長の所持する同日付けの「英文発信許可願」と題する願箋の原本に対する証拠保全を申し立てるとともに、平成二年(行ク)第三五号事件及び同第四六号事件として、前記原告の請求の趣旨3の(一)の取消処分あるいは同3の(二)の判定の執行停止を申し立てている。
しかし、右証拠保全の申立てについては、当裁判所が既に右の各文書と同一内容の書類を正規の証拠(右①の文書については甲第二五号証の四、右②の文書については乙第二五号証)として取調済みであるから、もはや証拠保全の必要がないことが明らかであり、また、右執行停止の申立てについては、前記のとおりの認定、判断からして、本案について理由がないとみえるときに当たることが明らかである。
したがって、右の各申立てについては、これをいずれも却下することとする。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 小池裕 近田正晴)